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やぎこらむ : 時論 看護師の内診は違法か
投稿者 : koume 投稿日時: 2006-10-14 10:00:00 (1040 ヒット)

                                                                                    日本医事新報 2006/10/14 号

 時論


看護師の内診は違法か

                                                                                                                     八木 謙                 

保健師助産師看護師法(以下保助看法)に違反して看護師らに内診をさせていたとして医療機関が警察の捜索を受けた事件が大々的に報導された。看護師による内診は違法と言う論拠が成立するか、検証してみたい。  

厚生労働省医政局看護課は「内診行為は、保助看法(昭和23年法律第203号)の第三条で規定する助産であり、助産師または医師以外の者が行ってはならない」との見解を示している(平成14年11月14日、平成16年9月13日)。これを受けて警察は「看護師の内診は違法だ」との認識のもとに違反医療機関の捜査を続けている。しかし医師の指示下で行なう看護師の内診は保助看法違反に該当するだろうか。 



Ⅰ、産科医療と一般医療

 すべての医療行為は医師が看護師に補助をさせて行なっている。手術、注射、投薬、検査、すべて看護師を助手に使って仕事をしている。そうした医療行為の中で助産だけは特殊で、看護師は参加出来ない。助産師の資格まで取った者でなければ産科医療に参加出来ない、という趣旨のようである。

しかし産科医療は他の医療より高いレベルにあるのだろうか?通常の看護師は参加出来なく医師と助産師のみの資格者だけで、他を排除して行なわなければならない特別高度な医療と見るべきだろうか。法はそのような事を言っているだろうか。

逆であろう。助産は医師がいなくても助産師がいればそれだけで行なう事が出来る。つまり通常医療よりむしろ低いレベルに位置している。そして医師により医療機関内で取り扱われるお産はそれより高いレベルに位置し、通常の医療行為と同等である。医師と看護師だけで分娩を取り扱うのは他の医療行為を医師と看護師で取り扱うのと法的に何の違いもない。  



Ⅱ、保助看法30条

 医師が違反したとする保助看法三十条を見てみる。

  第30条 助産師でない者は、第三条に規定する業をしてはならない。ただし、医師法(昭和23年法律第201号)の規定に基づいて行う場合は、この限りでない。

 内診を指示した医師はこの保助看法三十条の違反とされた。

医師が助産行為を行なってよいとされる法的根拠は、この三十条の後段「ただし、医師法の規定に基づいて行う場合は、この限りでない」との記述により、「助産師でない者は、第三条に規定する業をしてはならない」という文の効力が失われたためである。そこでは助産師でない医師も助産を取り扱う事が出来る。ただし医師法下である事が必須となる。医師法下にある医師は保助看法30条は適用されず、この法の治外法権にある。今回の警察の行為は業務執行中の救急車の運転手を道路交通法違反で摘発したようなものだ。救急車の運転手はこの法の枠外にいる。同様に医療が行なわれている医師法下では保助看法30条は通用しない。



Ⅲ、診療放射線技師法と保助看法

診療放射線技師法と保助看法を比較してみる。
診療放射線技師法
   第24条 医師、歯科医師又は診療放射線技師でなければ、第2条第2項に規定する業をしてはならない。

この三者以外のものが放射線照射を行うのは診療放射線技師法違反である。つまり看護師にレントゲンを撮らせる事は違法となる。

同様の事が保助看法で言えるであろうか。保助看法が“医師あるいは助産師でないものは第3条に規定する業をしてはならない”となっていれば看護師にそれをさせる事は違法である。しかしそうはなっていない。助産は助産師のみしか行なってはいけないという文章自体が打ち消されているのである。三十条の“医師法下ではそのかぎりでない“という表現は助産において、法は医師の裁量を最重視しているものと思われる。



Ⅳ、助産(正常分娩に限定)が医療行為であるか、あるいは医療行為でないか。

①、助産は医療行為か。

厚生労働省看護課の考え方は、助産師の扱う助産は医療行為である。しかしその助産は医師法下にない。助産師は医師法の枠外にある医療を例外的に行なう事が出来る存在である。医療であるから看護師は行なってはいけない。

この理論の矛盾点は医師法外にある医療が存在するとした点にある。ある行為を医療と定義した場合その行為は医師法下に入ってしまう。それが医師法下に入らなければ“医療行為は医師以外は行なってはならない”という医師法第17条に違反する事となる。医師法下以外の医療行為を例外的に認めるという解釈はいかなる法令からも導き出せない。助産師単独で扱う助産は医療ではない。よって助産師が助産を行なっても医師法違反とならない。

②、助産は医療行為でないか。

 異常分娩に対する処置が医療行為である事は明白である。それでは正常分娩に対する助産は医療行為でないか。そう考える事も出来る。それでは医師は正常分娩を取り扱っていいのだろうか。医療行為でなければ医師法下にない。医師法下になければ、保助看法30条の“助産師でなければ助産の業をしてはならない”という条文が生きてきて、助産師でない医師は助産を扱う事が出来ない。正常分娩を扱う為には医師の資格を取ったのち助産師学校に入り助産師免許を取得する事が必要となる。

③、この考え方の欠陥は助産(正常分娩)を“医療”か“医療でないか”と一元的にどちらかに分類しようとした点にある。助産(正常分娩)は“医療”とも取れ“医療でない”とも取れると二元的に解釈するのが正しいであろう。



Ⅴ、医師が助産(正常分娩)を扱ってよいという法的根拠

医療機関で取り扱われる正常分娩を医療と定義できるか。できる。これは純然たる医療である。予防医療と解釈される。正常に進んでいく分娩を側で見守り、異常を見つければ直ちに処置を行なう。最終的に何も異常が起きなかった場合でも医師が扱えばこれは医療である。



Ⅵ、助産行為と医療行為

助産の二元性について更に考えてみる。医師は医師法下で助産(正常分娩も)を扱う。助産師は保助看法下で助産を扱う。両者の立脚する法律が異なる。医師法に縛られない、医療として扱われない助産行為が法的に存在する。同様に保助看法に縛られない、医療として扱われる助産も存在する。医療として扱われた助産に保助看法は介入出来ない。それは医療として扱われなかった助産に医師法が介入しないのと同様である。



Ⅶ、看護師の内診は医師法違反か

 その行為が、臨床上、重要な意味を持てば医師法違反と言える。例えば、帝王切開にするか否かの最終判断となる重要な内診であれば、これは医師自らが行なわなければならない。

同様の事は他科のすべての医療において言える事である。注射という行為一つを取ってみても、注射薬の選択、投与量の決定は医師が行なう(医療行為)。病室に行って看護師が患者にそれを注射する(これは医療の補助)。IVH挿入や抗がん剤投与のような重要な注射は医師自ら行なう場合もある。

注射は医療行為だから看護師にやらせてはいけないと、すべての注射を看護師にやらせる事を禁止したら、日本の医療は成り立っていかない。どこまでが医師が行なう医療で、どこまでが看護師に任せてよい医療の補助なのか。そこに厳密な線を引く事は出来ないであろう。その峻別については現場での当該医師の裁量に任せなくてはならない事は多々あると思われる。



結論

 この医師を保助看法で裁く事は理論的に出来ない。治外法権下にある。しかし医師法違反で告発する事は理論的には可能である。

ただこの看護師内診行為を医師法違反とするのに充分な論拠とならないのである。

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